
はじめに
社員の退職は、どの会社にも必ず起こることです。円満に送り出せるケースがほとんどですが、なかには対応を誤ると大きなトラブルに発展するものもあります。
特に近年は、退職代行サービスの利用が広がり、「本人と一度も話せないまま退職手続きだけが進む」という場面も増えました。
本記事では、中小企業の経営者・人事総務ご担当者から実際にご相談の多い5つのケースを、Q&A形式で整理してお伝えします。
Q1|無断欠勤が続いています。すぐに解雇できますか?
A:即座の解雇はリスクが高く、段階を踏んだ対応が一般的です。
解雇には、客観的に合理的な理由と、社会通念上の相当性が必要とされています。これを欠く解雇は権利濫用として無効になる、というのが法律上の考え方です(労働契約法16条)。
無断欠勤は解雇の理由になり得ますが、「1〜2日休んだだけで解雇」という対応は認められにくいと考えられます。実務では、次のような手順を踏むことが望まれます。
- 連絡を試みる(電話・メール・SNSなど、複数の手段で)
- 書面で出勤命令と説明の求めを送る(記録が残る方法で。到達確認のため配達証明付きが安心です)
- 緊急連絡先・家族への連絡(安否確認の意味もあります。病気やケガが原因の可能性も否定できません)
- それでも改善がない場合に、弁明の機会を与えたうえで処分を検討する
裁判例でも、複数回の出勤命令と弁明の機会を与えたうえでの懲戒解雇が有効とされたケースがあります。「手を尽くした記録が残っているか」が結論を大きく左右するとお考えください。
なお、解雇する場合は30日前の予告、または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要です(労働基準法20条)。試用期間中であっても、14日を超えて雇用している場合はこのルールが適用される点にご注意ください。
予防策として有効なのが、就業規則に「無断欠勤が◯日以上続き、連絡が取れない場合は自然退職とする」旨の規定を置いておくことです。行方が分からない相手には解雇の意思表示が届かないため、解雇よりも自然退職の規定のほうが実務上は扱いやすい場面があります。
Q2|退職代行業者から連絡が来ました。本人と直接話せないのでしょうか?
A:本人の意思確認は必要ですが、業者を通さず直接接触することは慎重に。
まず押さえておきたいのは、退職の意思表示そのものは、本人の意思に基づいていれば有効に成立するという点です。代行業者から連絡が来たからといって、退職を拒めるわけではありません。
一方で、業者の立場には違いがあります。弁護士や労働組合でない一般の民間業者は、会社と条件交渉をする権限を持たないと解されています。退職日の調整や未払い賃金の交渉を持ちかけられた場合は、業者の種別を確認したうえで対応することが必要です。
実務的な対応としては、次のような流れが穏当です。
- 本人名義の退職届(書面)の提出を求める
- 貸与物(PC・制服・鍵・社員証など)の返却方法を、書面で伝える
- 離職票や源泉徴収票の送付先を確認する
- 本人への連絡は、業務上必要な範囲にとどめる
本人に何度も電話をかける、自宅を訪問するといった対応は、それ自体がハラスメントと評価されるおそれがあります。手続きに必要な連絡は書面で行い、記録を残すことをおすすめします。
Q3|「明日で辞めます」と言われました。認めなければならないのですか?
A:期間の定めのない雇用では、原則として申入れから2週間で退職が成立すると解されています。
民法では、期間の定めのない雇用契約について、解約の申入れから2週間の経過によって契約が終了すると定められています(民法627条1項)。
就業規則に「退職の1か月前までに申し出ること」と定めている会社は多く、これ自体は引き継ぎのルールとして意味のある定めです。ただし、従業員が2週間での退職を主張した場合、法律上はこれを止められないと解するのが一般的です。
したがって、「明日で辞めます」という申し出をそのまま認める必要はありませんが、引き止められるのは長くても2週間程度とお考えいただくのが現実的です。感情的な対立を避け、その2週間で何を引き継ぐかに話を集中させるほうが、結果的に会社の損失は小さくなります。
Q4|退職時に「残った有給をすべて消化したい」と言われました。断れますか?
A:原則として、拒否は難しいと考えられます。
会社には、有給の取得時季を変更する権利(時季変更権)がありますが、これは「他の時季に振り替える」権利です。退職日以降には振り替える先がないため、退職時の一括消化に対しては、事実上その権利を行使できないと解されています。
現実的な対応としては、次のようになります。
- 退職日を後ろにずらし、引き継ぎ期間を確保したうえで有給を消化してもらう
- 有給消化中に、書面やデータでの引き継ぎを依頼する
- 未消化分の買上げを行う(退職時の未消化分の買上げは違法ではないと解されていますが、会社の義務ではありません)
そもそも有給が大量に残っている状態は、年5日の取得義務との関係でも問題になり得ます。日頃から計画的に取得できる運用にしておくことが、結果的にトラブルの予防につながります。
Q5|引き継ぎもせず辞めた社員に、損害賠償や退職金の減額はできますか?
A:いずれも認められるハードルは高いと考えられます。
損害賠償については、労働者の債務不履行を理由に請求すること自体は理論上可能ですが、実際に損害額を具体的に立証することが極めて難しいのが実情です。「引き継ぎをしなかったから売上が下がった」という因果関係の証明は容易ではありません。
また、あらかじめ違約金や損害賠償額を定めておくことは、法律上禁止されています(労働基準法16条)。「途中で辞めたら10万円」といった定めは無効です。
退職金の減額・不支給については、就業規則や退職金規程に根拠となる定めがあることが前提です。そのうえで、裁判例ではそれまでの勤続の功労を打ち消してしまうほどの重大な背信行為があった場合に限って認められる傾向にあります。引き継ぎ不足のみを理由とした減額は、認められにくいと考えられます。
実務的には、退職金規程に減額事由を明記しておくこと、そして引き継ぎ完了を退職手続きの一部として運用に組み込むことが、現実的な備えになります。
トラブルを防ぐために、平時からできること
- □ 就業規則に、無断欠勤時の自然退職規定を置いているか
- □ 退職の申出方法・引き継ぎのルールを明文化しているか
- □ 貸与物の一覧と返却ルールを定めているか
- □ 緊急連絡先を定期的に更新しているか
- □ 有給休暇を計画的に取得できる運用になっているか
- □ 退職金規程に減額事由を定めているか
- □ 指導・注意の記録を書面で残す習慣があるか
まとめ
退職をめぐるトラブルの多くは、「ルールが決まっていなかった」「記録が残っていなかった」ことに原因があります。逆にいえば、就業規則の整備と日頃の記録という2つの備えで、防げるトラブルは少なくありません。
また、こうした場面で最も避けたいのは、その場の感情で対応を決めてしまうことです。判断に迷った段階でご相談いただければ、取り得る選択肢は多く残されているのが一般的です。
社員の退職や問題行動への対応でお困りのことがございましたら、詳細はお気軽に当事務所までご相談ください。初回のご相談は無料で承っております。
※本記事は2026年8月30日時点の法令に基づく一般的な考え方を示したものです。個別の事案は事情により結論が異なりますので、具体的な対応にあたっては必ず専門家にご相談ください。なお、法的紛争に発展している事案については、弁護士へのご相談が適切な場合があります。
社労士事務所LDパートナーズ(千葉市)
代表 社会保険労務士 大城里佳
