
はじめに
定年後の再雇用について、「賃金は6割程度に下げて、不足分は高年齢雇用継続給付と年金で補ってもらう」——長らくこうした設計が一般的でした。
しかし、この前提は2025年4月に大きく崩れています。高年齢雇用継続給付が縮小され、さらに2026年4月からは在職老齢年金の仕組みも変わりました。従来の考え方のまま賃金を決めていると、本人の手取りが想定より大きく下がり、「聞いていた話と違う」というトラブルにつながりかねません。
本記事では、制度の変更点を整理したうえで、これからの再雇用の賃金設計で押さえておきたい点をお伝えします。
まず前提:65歳までの雇用確保は完全義務化されています
高年齢者雇用安定法により、定年を65歳未満としている会社は、次のいずれかの措置を講じる義務があります。
- 定年年齢を65歳以上に引き上げる
- 65歳までの継続雇用制度を導入する
- 定年制を廃止する
かつては労使協定により継続雇用の対象者を限定できる経過措置がありましたが、この経過措置は2025年3月末で終了しました。現在は、希望する従業員は全員、65歳まで雇用しなければなりません。
「勤務態度に問題がある人は対象外にしたい」というご相談をいただくことがありますが、基準による選別はできなくなっています。なお、70歳までの就業確保措置については、引き続き努力義務とされています。
変更点①:高年齢雇用継続給付が縮小されました
高年齢雇用継続給付は、60歳到達時と比べて賃金が75%未満に下がった場合に、賃金の一定割合が支給される雇用保険の給付です。
2025年4月1日以降に60歳に到達する方から、給付率の上限が15%から10%に引き下げられました。
たとえば60歳時点の賃金が40万円だった方が、再雇用後に24万円(60%)になったケースでは、従来は月3万円台の給付が見込めましたが、今後はその3分の2程度にとどまります。この差は年間では数十万円規模になります。
なお、給付は将来的に廃止される方向で議論が進んでいます。「給付があるから賃金を下げても大丈夫」という設計は、もはや長期的に成り立たないとお考えいただくのが安全です。
変更点②:在職老齢年金の基準額が大きく上がりました
一方で、こちらは会社にとっても本人にとっても追い風となる変更です。
在職老齢年金は、賃金(総報酬月額相当額)と老齢厚生年金の合計が一定額を超えると、年金の一部または全部が支給停止される仕組みです。この基準額が引き上げられました。
| 時期 | 支給停止基準額 |
|---|---|
| 2025年度 | 51万円 |
| 2026年4月から | 65万円 |
根拠となるのは2025年6月に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号)で、2026年4月1日から施行されています。法律上の基準額は62万円ですが、賃金水準に応じた調整が加わり、実際の適用額は65万円となっています。
基準額が14万円も上がったことで、年金がカットされる方は大幅に減りました。 これまで「年金が止まるから賃金は抑えめに」と考えていた会社にとっては、賃金を上げやすくなったということでもあります。
あわせて、高年齢雇用継続給付を受ける場合の年金の支給停止率も、標準報酬月額の最大6%から最大4%に引き下げられています。
変更点③:同一労働同一賃金の視点も外せません
定年後の再雇用であっても、有期契約の労働者となる以上、正社員との間の不合理な待遇差は認められません。
裁判例では、職務内容や配置変更の範囲が正社員と変わらないにもかかわらず賃金を大きく下げた事案について、不合理と判断されたものがあります。「定年後だから下げてよい」という理由だけでは説明がつかない、というのが基本的な考え方です。
賃金を下げるのであれば、職務内容・責任の範囲・異動の有無などを、実際に変更したうえで、その違いを説明できる状態にしておくことが重要です。再雇用にあたって、業務内容を書面で明確にしておくことをおすすめします。
これからの賃金設計で押さえたい3点
① 給付をあてにした設計から離れる
高年齢雇用継続給付は縮小され、将来的な廃止も見込まれています。給付を前提とせず、賃金そのもので納得を得られる水準を検討する段階に来ています。
② 年金カットを恐れすぎない
基準額が65万円に上がったことで、多くのケースで年金は全額支給されます。「年金が止まるから」という理由で賃金を抑える必要性は、以前よりかなり小さくなりました。
③ 職務内容とセットで決める
賃金を下げるのであれば、職務や責任も実際に変える。同じ仕事を同じ責任で続けてもらうのであれば、賃金を大きく下げることには合理的な説明が必要になります。
まとめ:確認しておきたいこと
- □ 継続雇用の対象者を限定する基準が就業規則に残っていないか
- □ 再雇用後の賃金水準を、給付の縮小を前提に見直したか
- □ 対象者に対して、給付額が従来より少なくなることを説明したか
- □ 在職老齢年金の基準額引上げを踏まえて賃金上限を再検討したか
- □ 再雇用後の職務内容・責任の範囲を書面で明確にしたか
- □ 正社員との待遇差について説明できる状態になっているか
- □ 60歳到達者への面談の時期・進め方を決めているか
定年後再雇用は、制度の前提が数年のうちに大きく変わった分野です。数年前に作った再雇用規程や賃金テーブルをそのまま使っている場合、実態と合わなくなっている可能性があります。
再雇用時の賃金水準の設定や、継続雇用規程の見直しについてご不安な点がございましたら、詳細はお気軽に当事務所までご相談ください。初回のご相談は無料で承っております。
規程全体の点検については「就業規則、最後に見直したのはいつですか?」もあわせてご覧ください。
※本記事は2026年9月時点の公開情報に基づいています。年金の支給停止基準額は毎年度改定される場合があります。最新の情報は日本年金機構・厚生労働省の発表をご確認ください。
社労士事務所LDパートナーズ(千葉市)
代表 社会保険労務士 大城里佳
