
はじめに
2026年10月から、各地で最低賃金が引き上げられます。千葉県は1,195円、東京都は1,280円です。
「うちは月給25万円近く払っているから、最低賃金は関係ない」と考えている会社でも、固定残業代(みなし残業代)を採用している場合は注意が必要です。最低賃金の判定では、固定残業代は計算から除外されるため、基本給部分だけで見ると最低賃金を下回っているケースがあるからです。
本記事では、固定残業代を採用している会社が、10月までに点検しておきたいポイントを整理します。
固定残業代が有効と認められるための条件
固定残業代は、一定時間分の残業代をあらかじめ定額で支払う仕組みです。適法に運用するためには、一般的に次の条件を満たす必要があるとされています。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 明確区分性 | 基本給など通常の賃金と、固定残業代の部分がはっきり区別されている |
| 対価性 | 固定残業代が、時間外労働等の対価として支払われている |
| 差額の支払い | 実際の残業代が固定残業代を超えた場合、差額を支払っている |
最高裁(日本ケミカル事件・平成30年7月19日)は、対価性について、契約書の記載内容や会社の説明、実際の労働時間の状況などを考慮して判断するとしています。これらを満たさないと、固定残業代が残業代の支払いと認められず、改めて残業代を請求されるおそれがあります。
落とし穴① 基本給部分が最低賃金を下回っている
最低賃金の判定では、時間外労働の割増賃金(固定残業代を含む)は除外して計算します。通勤手当・家族手当・精皆勤手当なども同様に除外されます。
たとえば、月平均所定労働時間が173.8時間の会社で、次のような給与の場合を考えます。
| 内訳 | 金額 |
|---|---|
| 基本給 | 195,000円 |
| 固定残業手当(30時間分) | 45,000円 |
| 合計 | 240,000円 |
最低賃金の判定に使うのは基本給だけですので、195,000円 ÷ 173.8時間 = 約1,122円。千葉県の新しい最低賃金1,195円を下回ってしまいます。
さらに、裁判例の中には、基本給部分が最低賃金を下回っていたことなどを理由に、固定残業代の有効性そのものが否定されたものもあります。そうなると、最低賃金の差額に加えて、残業代の支払いも問題になりかねません。
落とし穴② 「総額を変えずに内訳だけ組み替える」
最低賃金を満たすために、総額はそのままで、固定残業代を減らして基本給を増やすという対応を考える会社は少なくありません。上の例で、基本給を208,000円、固定残業手当を32,000円に組み替えたとします。
- 1時間あたりの基本給:208,000円 ÷ 173.8時間 = 約1,197円(最低賃金はクリア)
- 30時間分の残業代:約1,197円 × 1.25 × 30時間 = 約44,900円
- 実際の固定残業手当:32,000円 → 約21時間分にしかならない
就業規則や雇用契約書に「30時間分」と書いたままだと、表示と実態が食い違い、21時間を超えた残業について差額の支払いが必要になります。また、手取りが変わらなくても賃金の内訳を変えることは労働条件の変更にあたるため、本人への説明と同意を得ておくことが望ましいとされています。
落とし穴③ 基本給が上がったのに、固定残業代が据え置きのまま
基本給を引き上げると、残業代を計算する基礎となる時間単価も上がります。固定残業代の金額を据え置いたままにすると、カバーできる残業時間が減ります。
「毎月30時間以内の残業だから、差額は発生しない」と思い込んでいると、実は25時間分しかカバーできておらず、毎月未払いが発生していたということも起こり得ます。昇給や最低賃金改定のたびに、固定残業代の計算を見直す運用にしておきましょう。
求人票の表示もあわせて確認を
固定残業代を採用している場合、募集要項や求人票には次の3点をすべて明示することが求められています。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
- 固定残業時間を超える時間外労働等に対して、割増賃金を追加で支払う旨
給与の内訳を変えた場合は、ハローワークや求人サイトの掲載内容も忘れずに修正しましょう。
まとめ:固定残業代の点検チェックリスト
- □ 固定残業代を除いた基本給等で、改定後の最低賃金を上回っているか
- □ 就業規則・雇用契約書で、固定残業代が「何時間分」「いくら」か明示されているか
- □ 表示している時間数と、実際の金額(時間単価×1.25×時間数)が合っているか
- □ 固定残業時間を超えた分の差額を、毎月計算して支払っているか
- □ 内訳を変える場合、本人に説明して同意を得ているか
- □ 求人票の表示を最新の内容に修正したか
固定残業代は、正しく運用すれば給与計算を簡素化できる便利な仕組みです。一方で、設計や運用を誤ると、まとまった未払い残業代のリスクを抱えることになります。最低賃金が大きく上がる今年は、見直しのよい機会です。
最低賃金の改定については「千葉県の最低賃金が1,195円に|経営者が9月中にやるべき3つの準備」、10月1日の制度変更の全体像は「4つの制度変更の総点検」もあわせてご覧ください。
固定残業代の設計の見直しや、就業規則・雇用契約書の修正についてお困りのことがございましたら、詳細はお気軽に当事務所までご相談ください。初回のご相談は無料で承っております。
※本記事は2026年9月19日時点の法令・判例および公表されている最低賃金額に基づいています。計算例は説明のために単純化しています。個別の賃金設計については専門家にご相談ください。
社労士事務所LDパートナーズ(千葉市)
代表 社会保険労務士 大城里佳
